當麻山口神社

古くから近辺の16ヶ所の村(當麻、大橋、西中、勝根、今在家、染野、市場、岡崎、大中、有井、神楽、築山、大谷、池田、野口、鎌田)の鎮守産土神として広く崇敬、信仰されてきた旧指定郷社です。延喜式神名帳※(901年)には大和の国に14ヶ所の山口神社が載り、いずれも式内大社の社格をもち、朝廷から奉納をうけていました。これらの神社は本来、山々の精霊を支配した大山祗命を御祭神としたものと思われます。

當麻山口神社のことについては神名帳に「人皇55代文徳天皇仁寿3年(853年)、夏4月、冬11月これを祀る」とあり、祈年祭、新嘗祭、月次祭には幣帛※が奉納され、特に祈年祭には幣帛と共に、馬1匹が加えられて奉られていました。三代実録には清和天皇の貞観元年正月27日(859年)に当神社に正五位を贈られ、天皇からの遣いが参向して幣帛奉納とあり神社縁起の上からもまことに古い歴史をもつ由緒深いお社といえます。

摂社、當麻都比古神社の祭神、麻呂子皇子は第31代用明天皇の皇子で聖徳太子の異母弟にあたり、當麻氏の先祖とされています。當麻寺を創建したこの地の豪族當麻氏の氏神として男女二神をお祀りしています。延喜式神名帳に式内小社と記載されています。

※延喜式(えんぎしき)
平安時代中期につくられた法典。そのなかの神名帳に記された神社を式内社といいます。式内社は、祈年祭で天皇からの勅使が派遣され、弊帛を受けることを認定された神社で、全国で2,861社ありました。

※弊帛(へいはく) 
神様に奉納するもの。「帛」は布の意味で、昔は布が高価で貴重だったため神様への捧げ物の中心でした。

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